映画の世界は続く 「膝の上」の舞台、ジャワ北海岸のコーヒー店へ
- 2026.04.03
- Netflixで見るインドネシア映画
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2025年インドネシア映画祭で最優秀作品賞を受賞した「膝の上」(Pangku)が2026年4月26日、ついにNetflix入りする。私は映画館で2回見た。映画に出て来るようなワルン・コピ(コーヒー店)が実在するのか興味を持ち、映画の舞台となったインドラマユを訪ねた。田んぼもワルン・コピも「ネオンライト」で彩られ、映画の世界は今も続いていた。
田んぼの中のネオンライト
夜、水をたたえた田んぼには、赤、青、黄、緑の明るいライトがあちこちに灯っていた。まるで歓楽街のネオンライトだ。植えたばかりの苗を食い荒らすネズミよけに通電柵を巡らせ、灯ったライトは通電中であることを示す。電気を切るのを忘れて触れた人が感電死する事故も起きているという。そのこうこうとした明るさと色が、どことなく不気味だ。
一面に広がる水とそこに浮かぶ色とりどりのライトは、漁り火に彩られた海のようにも見える。その「海」の中の一本道を北上し、本当の海へと向かう。電飾を付けたトラック何台かとすれ違ううちに、目の前がぱっと開け、広い道路に出た。「パントゥラ」だ! これまでの田んぼの中の一本道とは桁違いのにぎやかさ。右車線も左車線も、大きなトラックが轟音を立てて行き交う。くるくる回る派手な電飾を付けた「ザ・トラック野郎」なトラックだ。トラックが往来する上の夜空にはオリオン座がかかっていた。

「パントゥラ」(Pantura)は「パンタイ・ウタラ」(Pantai Utara=北岸)を縮めた言葉でジャワ島北岸を意味し、物流の大動脈であるジャワ島北岸幹線道路(Jalur Pantai Utara)を指すこともある。
そのパントゥラ沿いに立ち並んでいるのが、ひっそりした電飾を付けた「ワルン・コピ」(warung kopi=コーヒー店)。ジャカルタのクリスマス飾りより数十倍しょぼいライトが点滅し、場末感が漂う。あまり目立たない存在だが、びっくりするほど数は多い。60〜70軒はあるだろうか。店の前には「東屋」のような場所があり、女性2〜3人がそこに座っている店もある。ついに、映画「膝の上」の舞台に来た!
2025年インドネシア映画祭で最優秀作品賞を受賞した「膝の上」は、パントゥラ近くにある「ワルン・コピ」が舞台だ。「ワルン・コピ・パンク」(warung kopi pangku)と「パンク」(膝)を付けて呼ばれることもある店は、女性のサービス付きだ。女性が男性客の膝の上に座って肩などをマッサージしながら、チップやたばこをねだる。それ以上を求める客とは、店の奥にある部屋へ行く。昔の日本の、宿場や茶店の「飯盛女」に似ているだろうか。ただ、トラック運転手が相手なので、飲むのは酒ではなくて「コピ」(コーヒー)だ。
ワルン・コピで男女の見た夢
映画はパントゥラ沿いで一台のトラックが停止するところから始まる。助手席に乗っていた若い女性が降り、そのまま道端に置いていかれる。トラックの下からのアングルで見えるのは女性の細い足だけで、トラックが走り去った後に初めて、女性は身重であることがわかる。
「仕事が欲しかったらあっちの方へ行きな」と言われた先には、ネオンの光るディスコのような店が並び、女性はその前を通り過ぎて、さびれたワルン・コピに入る。行き場がない様子を見て取ったワルンの女主人は自分の家へと連れて行く。
女主人の所で暮らし始めた女性は無事に男の子を産み、その子を育てながら、ワルン・コピで働くようになる。常連客の中に、魚をくれたり親切にしてくれるトラック運転手がいた。彼は「夫が欲しい? 私は子供が欲しい」と女性に言う。映画は男女の見た夢、夢から覚めた後の現実を描く。
制作本数もジャンルも質も非常に充実してきているインドネシア映画の中でも、「膝の上」は際立っていた。冒頭シーンを含めたカメラアングル、少ないせりふ、リアリティーと臨場感、感情の機微の表現にはうなった。「社会派」的なテーマでありつつも小難しくはなく、映画で伝えたいことははっきりしており、後味の悪さもない。
「美しい竹」と美女伝説

映画の舞台となったのはインドラマユ。インドラマユは、水商売に従事する女性の多さや赤線地帯で有名な地域だ。私はパントゥラを通ったことはあるが「ワルン・コピ・パンク」には気付かず、インドラマユ市にしょっちゅう行っているものの、赤線地帯の情報を聞くことはなかった。この映画を見て「女性が膝に乗ってサービスするコーヒー店」という存在を初めて知り、興味を持った。今でもそのような場所は実在するのだろうか。
以前、インドラマユに住んで人身売買の調査をしていた昭島さん(仮名)は、この映画を「インドラマユ沿岸庶民の生活感あふれるリアルな内容」と評する。その昭島さんの案内で、映画の舞台を訪ねる「パンク・ツアー」(punkではなくpangku)の企画が持ち上がった。私にこの映画をお薦めしてくれた横山裕一さんも参加し、3人で行くことになった。

土曜日の朝にジャカルタを列車で出発し、ハウルグリス(Haurgeulis)駅で降りる。古スンダ語で「美しい竹」という意味。なんとも思わせぶりな名前だ。インドラマユという地名自体も、その地を支配していたが征服された美女二・エンダンの願いを入れて、「ダルマ・アユ」と名付けられ、それが転じて「インドラマユ」になったという(Murdijati-Gardjito, “Bukan Sunda Bukan Jawa〜Makanan dan Budaya Makan Indramayu, Cirebon, Brebes dan Tegal”, Komunitas Bambu, 2026)。
駅前のホテルにチェックインしてから、レンタカーで北へと向かった。昭島さんが手配してくれた地元の案内人、スキルノさん(仮名)とその友人が合流した。スキルノさんは、いかつい顔の男性で、昔は人身売買に関与していたが、今はNGOで働いている。蛇の道は蛇ということだ。
「ビスミッラー」で乾杯

まだ明るい昼間なので、暗くなるのを待つことになった。スキルノさんが連れて行ってくれたのは、田んぼの前の一軒家。田んぼを見晴らす絶好の場所にマンゴーの木がちょうど良い陰を作り、その下にテーブルと椅子が置かれている。まずは「パンク」ではなく「バンク」(bangku=ベンチ)で。そこでは昼間の酒盛り大会が開かれていた。「How are you?」とフレンドリーに迎えてくれ、もうかなり出来上がっている様子。われわれが加わると酒が増え、人も増えていく。
酒は「オラントゥア」印のワインと黒ビール。ボトルの蓋はライターの火で器用に開けていた。ワインの口には健康ドリンクを逆さにして突っ込む。そうすると「シルクラシ」(サーキュレーション)で自然に混ざるのだと言う。さらに、コップの中でビールも混ぜたりして、悪酔いの典型のちゃんぽんなのだが、誰も顔色ひとつ変えない。どんどんついで、どんどん飲む。あっという間に空瓶が並び、誰かがホワッツアップ(WA)で酒を追加注文し、「エージェント」の女性がバイクで配達しに来た。



インドネシアの地方だと酒の入手は難しく、「おおっぴらに酒は飲めない」と思っていたので、この「日中の大宴会」には驚いた。「ビスミッラー」と言って乾杯するのがシュールだ。テーブルにはゆでたカンクンが出され、皆が「しょっぱい」と文句を言って手を付けない鶏料理も出て来た。何でも「ドヤン(doyan=好き)?」と言って勧めてくれる。
酒は次々に、そして、たばこは煙もくもく。たばこは互いにあげたり、もらったり、新しいのを人に買いに行かせたり。「たばこ買って。カメル(キャメル)」「酒を配達したエージェントがそろそろ帰りたいと言ってる。26万ルピアだって」などと言われ続けた昭島さんの薄いモンベル財布から、どんどんお金が出て行く。
話を聞いていると、その輪の中には妻が4人いる地主がいた。「今のインドネシアの金持ちはお金を貯めているだけ。他者を助けてお金を回すのが、イスラムの助け合い精神だ。財力さえあれば妻4人を持つ方が良い」と主張する人もいた。早婚してすぐ離婚するのはわりに普通で、結婚、離婚を繰り返す。農村では食べていけないため、別の町へ働きに行ったり、海外への出稼ぎも多い。「テーゲー」(TG)と略称で呼ばれて話題に上っていたのは、日本の「特定技能」だった。
午後4時ごろから飲み始め、だらだら話をしながら飲んでいるうちに1時間経ち、2時間経ち、いつの間にか日が傾いて夕方になった。そして日が落ちて、マグリブ(日没の祈り)のアザーン。すっかり暗くなってから出発した。

ワルン・コピの女性たち
パントゥラに立ち並ぶ店の中から、スキルノさんが話をつけておいてくれたワルン・コピに入店した。中に入るのには勇気が要るが、店の主人が「どうぞ、どうぞ、中へ」と満面の笑みで勧めてくれる。恐る恐る入ってみると、がらんとした店内には椅子とテーブル、隅には音響セットが置かれているのみで殺風景だ。扉代わりに布一枚が掛けてある先に「部屋」がある。

主人がテーブルの周りに椅子をかき集めて来て、皆が1カ所に座れるようにした。ジャカルタの「カラオケ」のような場所が出来上がる。ディスコのような、赤と緑に点滅するライティングが壁や床に幾何学模様を作り、田んぼで見た明るいライトを思い出した。
テーブルにはビールとコップが置かれる。話が聞こえないほどの大音量の音楽の中で、酒盛りが始まった。女性は2人。
「ビール? 白がいい? 黒がいい?」と聞かれ、昼間の宴会では黒ビールだったので、白(アンカー)にした。小さなコップについでくれる。女性2人も手酌でがんがん飲む。酒の減りが遅いと、客のコップの縁を自分のコップで軽く「コンコン」、または「カツン」とするのが「イッキ」「飲み干せ」という合図だ。客と一緒に自分も飲み干し、その後でまた、新しい酒をつぐ。
女性2人のうち、さらさらロングヘアのAさん(21)はびっくりするほどの美人で、カラオケで歌ってくれた歌も上手だったが、口数は少なく、話には乗って来ない。案内人の説明や皆で聞き出した話を総合すると、彼女はインドラマユ出身で、地元で水商売をしているという珍しいケースだ。高校に入ってから結婚と離婚を2回しており、まだ幼い子供が2人いる。子供と離れたくないので、ジャカルタなど別の場所へ行って働くのは嫌だそう。仕事をしている間、子供の面倒は両親が見てくれている。
もう一人はカチューシャを付けたBさん(40)。年を聞くと「恥ずかしいから言いたくない」と言いつつ答えてくれ、私の反応を見て「にっ」と笑った。あれこれ質問しても率直に話してくれる。「結婚しているの?」と聞くと「3回、失敗した」と言って、また「にっ」。子供は2人。1人目の夫と3人目の夫との間に1人ずつ。2人とも、もう独立しているそうだ。
出身はボゴールで、両親もボゴールに住んでいる。友達に誘われてインドラマユで働き始めたと言う。ボゴールならジャカルタに近いので「ジャカルタで働かないの?」と聞くと、「恥ずかしい。この仕事をしていることは両親にも内緒」と言う。「いつまでこの仕事をするの?」「わからない」。「また結婚したい?」「まぁ、できれば……」。
Bさんによると、客や自分が飲む酒にコミッションは付かず、給料もないので、客を「部屋」に誘わないと儲けにならないそうだ。Bさんに「膝に乗ってみて」とはさすがに言い出せず、「客の膝の上に乗ったりするの?」と聞くと、「そうだね、部屋に行く前に求める人もいる」とのこと。やはり男女ともに、ゴールは「部屋」なのだ。
この日の会計は、客5人で計100万ルピア。女性1人につき10万ルピアのチャージが付き、ビール、殻付きピーナッツ、音楽、バーテンダーフィー、それに、途中で持って来たティッシュに至るまで、チャージされていた。

映画の場合、今から20年ほど前の設定になっているため、舞台は普通の雑貨屋のようなワルン・コピだ。しかし、今、立ち並んでいるワルン・コピはディスコやカラオケとあまり変わらない。「そうしないと客が来ない」と主人は言う。
しかし、ワルン・コピがカラオケ風に変わったからといって、映画で描かれた現実は驚くほど変わっていない。いろいろな事情を抱えて、ほかへ行く当てがなく、水商売で働く女性たち。ワルン・コピでの支払いやら女性を囲うのにお金を使う男性。特にインドラマユでは「水商売への障壁がびっくりするほど低く、寛容な所がある」(昭島さん)といった、土壌と文化がある。
翌日に海沿いのシーフード・レストランへ行き、ワルン・コピでは飲めなかったコーヒーを飲んだ。スプーンでかちゃかちゃとかき回し、粉を沈殿させてから飲む、昔ながらのコピだ。映画のコピの味だったかどうかはわからない。


Special thanks to 昭島さん、横山裕一さん、Bさん
※映画「膝の上」の原題は「Pangku」(膝)ですが、横山裕一さんの訳「膝の上」が好きなので、こちらを使用します
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