隷書は「フォント」だ! [書道] #8
- 2023.08.20
- ジャカルタ書道日記
かなと楷書に少し慣れたころ、「簡単な隷書(れいしょ)をやってみましょう」と目黒先生に言われた。「ええーっ、また新しい書体をやるの?」と再び内心ひるみつつ、初めての隷書を教わった。書き方がこれまでとまったく違い、「はぁ……書の道のりは遠い……」と呆然とした。
筆を「行って戻す」と行き来させる、ナゾの筆遣い。例えば「一」と書きたかったら、左から右へ真っ直ぐ引くのではなく、まずは逆側の右から左へ(上からでも下からでも良い)、それから左から右へと引く(下写真を参照)。線の最初の部分が二回重なって引かれることになる。「行ってから、ちょっと外して戻す」というのを、ほぼ全ての線でやる。何なんだ、これは。
「隷書、あなたに合ってると思うんだよね」と先生に言われた。
隷書とは何か、という先生の説明。紀元前230年ごろ、秦の始皇帝が法治国家を作るために、多種多様だった文字の統一を試みた。このために作らせた2種類の文字が隷書と篆書(てんしょ)。
篆書とは、お上がお触れを出す時に使う、縦長の文字。「格好いい」と、現在では印鑑文字となっている。
隷書は篆書に「隷」属する、庶民・民間が使う文字。庶民は筆や紙など持たないので、地面に硬い棒で書く。このため、地面にとっかかりを作ってから、きっかりと書く。それが、独特の「行って、戻る」筆法。これが「面白い」となって、やがて筆でも書かれるようになった。新しいタイプの隷書は、字の中の重要な線を波形にする「波法」を入れて、装飾的になっている。
縦長の篆書に比べ、少し横に広い文字で、安定感がある。のびのびとしていて、雅び。隷書のファンは多く、中国の人は隷書が大好き。魅力があるからこそ、隷書の専門家も生まれた。
書き方は、好きに書けばいい。「こうであらねばならない」というのは、ほとんどない。ちょっとした法則は、「行って、戻る」。線の太い細いはあるが、「かすれ」はあまり歓迎しない。墨黒々と書く。逆に滲んでも良い。墨を付けて、淡々と書いていく。書き方によって、いろんな味わいを出せる書。
先生の説明を聞いてもなんだかよくわからなかったのだが、帰ってすぐに無性にやってみたくなり、初めての隷書を書いてみた。
かなのような墨の濃淡を作る必要はなく、楷書のような厳しい止め、ハネもない。「カクカクと」四角く書けば良い。それなら簡単ではないか、と思うが、最初は形にならないほどに難しい。そして、単調なようでいて、味がある。ちょっとコミカルで、ユーモラス。文字の造形の面白さが楽しめる書体なのだ。
ビデオグラファーの城田道義(ミッチー)さんが、手本の隷書体を見て、「めっちゃフォントっぽいです! 美しい……」とコメントをくれた。「なるほど、フォントかー」と合点がいった。
敢えて筆っぽくない書き方で作った「フォント」。簡単そうでいて奥深い。同じ様に線を引く難しさ、「墨を付けて淡々と書く」難しさよ。まったく新しい書の世界に夢中になった。
そして、日本のニュースを見ていたら「文化庁」の看板が出て来て、「あ、これ、隷書体だ!」と発見。ほかにも目に飛び込んで来る字のあれこれが「あ、これも隷書体、あれも隷書体だ」と初めて気付くのだった。
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