圧倒的なリアリティーに引き込まれる「膝の上」 Pangku / On Your Lap
- 2026.04.14
- Netflixで見るインドネシア映画
Netflixに登場する「膝の上」(Pangku / On Your Lap)は、質・量・ジャンルのいずれにおいても充実してきている最近のインドネシア映画の中でも際立つ作品。色濃く立ち上る土地の空気感が最大の魅力だ。
往年の名作である「枕の上の葉」(Daun di atas Bantal)や「男前の仕立屋」(Tampan Tailor)を思い出させるような、映画らしい映画だ。最近のインドネシア映画の中でも頭一つ抜けているといえるのではないか。それが人気俳優レザ・ラハディアンの初監督長編作品というから驚く。インドネシアで現在活躍している映画監督の中に、突然、注目すべき名前が加わった。
舞台はジャワ島北岸のインドラマユ県エレタン・クロン(Eretan Kulon)。ジャカルタから車でジャワ島北岸線を東へ走ると、「北岸線」と言いつつ、なかなか海は見えないのだが、途中で道路が海にぐーっと近付き、海の見え始める地点がある。その辺りがエレタン。海と漁港、それに北岸線というファクターが重なり合う場所だ。さらに、豊かな米どころでありながらも土地を持たない農業労働者が多く、「食えない」ために出稼ぎ者の多い地域でもある。
エレタンでは、物流の大動脈である北岸線をトラックが行き交い、道路沿いに女性のサービス付きコーヒー店「ワルン・コピ・パンク」(パンク=pangku=は「膝」という意味)が立ち並ぶ。映画はそこで繰り広げられる、さまざまな「膝の上」を描く。男性の膝の上に座ってたばこやチップをねだる女性たち。主人公の女性の子供がトラック運転手の膝の上に頭を載せて寝る。失意の女性がワルンの女主人の膝の上で涙を流す。男性と女性、親子、疑似の親子。さまざまな関係性が「膝の上」にある。
レザ監督は、映画の撮影で2020年に北岸線を通った際に、ワルン・コピ・パンクが立ち並んでいるのを初めて目にし、店に立ち寄って、そこで繰り広げられる人間模様を見聞きする。さらに、貧困や、教育や仕事へのアクセスの難しさといった、店の背景ともなる現実を知ったという。
「映画にしたい」と考え、長期間にわたって調査を行い、村を訪ねたり女性らにインタビューした。俳優はその土地での話し方や仕草を習得した。映画はセットを使わずに撮影し、トラックの音や波の音までもが本物という。「場所は『もう一つの登場人物』」とプロデューサーは語っている(Lokasi Asli Warung Kopi Pangku di Pantura Jadi Tempat Syuting Film Pangku Eretan Kulon, Pusat Detak Pantura)。その言葉通り、映画から色濃く立ち上るエレタンの空気感が、この作品の最大の魅力だ。
私はインドラマユへはよく行くので、「舞台がインドラマユの映画」と聞いて、「これは見に行かねば」と映画館へ足を運んだ。映画に浸って映画館を出て来たら、ジャカルタのショッピングモールはまぶしすぎ、モールを出た後のジャカルタの街もまぶしすぎた。映画の世界と現実の世界は地続きのはずなのに、あまりにもギャップがあって、うまくつながらなかった。
「インドネシアあるある」すぎるストーリーなのだが、映画ではまず、その圧倒的なリアリティーに引き込まれる。
せりふで説明するのではなく、映像と音で描写してみせるのが映画の醍醐味だ。カメラ・アングルが良い。トラックの下から足だけが見えるシーン、漁港で氷を砕いて箱の中の魚にかぶせて蓋を閉めるシーン、カキリマ(移動屋台)のボトル類のアップなど、「こう撮るのか」と面白かった。音楽も良い。トラック内での無音のシーン(エンジン音のみ)から始まり、女性が電飾キラキラの店の前を通りかかった時にダンドゥット音楽が鳴り始める。
話は1998年ごろから始まる。ワルン・コピのテレビから流れるニュースで「今がいつか」をさりげなく伝えている。映画の冒頭では「ハビビ」「経済危機」「民主化」と聞こえるので、1998年のスハルト退陣後とわかる(ハビビ政権は98〜99年)。子供が成長して女性が本格的にワルン・コピで働き始めたころには、ニュースから「スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領」と聞こえてくる。ユドヨノが大統領に就任したのは2004年。子供の年齢は6歳ぐらいとなり、ちょうど小学校に入学する時期だ。ちなみに「ドゥイット」(duit=お金)は映画でよく出て来るキーワードなのだが、お札の受け渡しの時にちらっとオランウータンやササンドの絵が見える。今は使われていない旧札を使用しているのだ。こうした細かさが映画のリアリティーに隙を与えない。
丁寧に作られた物語に対して、最後が急に「お母さんありがとう」でまとめられるのにはやや唐突感があったが、レザ監督は「初監督する長編映画は、母への『ラブレター』にしたかった」と語っている。また、2025年インドネシア映画祭での受賞スピーチでは「この映画は、困難の中にあっても闘い続ける、すごい女性たち(perempuan-perempuan hebat)への感謝の気持ちを表したもの」と述べており、テーマに沿ったエンディングであることがわかる。厳しい現実を描きつつも、悲劇的な結末にはならず、女性や母親への賛歌で終わるのはインドネシアらしい。
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