[書道] #17 新しい筆

[書道] #17 新しい筆

 2024年3月、日本に一時帰国して、新しい筆を入手した。奈良で買った筆2本、友人がくれた豊橋筆2本。

 「弘法は筆を選ばず」だが、私は筆を選ぶのだ。最初に目黒雅堂先生から買わせていただいた中国の筆(太筆15万ルピア、小筆12万ルピア)に始まり、日本の姉に文具店で適当に選んでEMSで送ってもらったり、日本から来る友達に頼んだりと、試行錯誤している。

 中筆は、姉の送ってくれた「女神」という名前の物が気に入っているのだが、最近はよく毛が抜けるので、そろそろ新調したい。小筆は、小筆と言ってもかなり太い中国の筆から、姉が「家にあった」と送ってくれた細筆に変えてみたところ、書きやすくなった。しかし、絵筆かもしれないとのことで、まだしっくりは来ていない。

 筆について目黒先生は、「1000円以下のはやめた方がいい。1500円程度の物を」と言う。インターネットで見ると、愛用の「女神」は600円ぐらいのようで、まさに1000円以下。

 実は、日本の友達が愛知県の筆工房に行くと聞き、絶好のチャンス、と「筆を買って来て」とお願いした。友人が私の書の写真を店の人に見せたところ、薦められたのは2万円の筆で、当然ながら「即決できなかった」とのこと。目黒先生にその話をすると、「は? 2万円の筆を薦めるなんて、それは性格が悪いでしょう」とバッサリ。「2万円の筆なら、もしかしてうまく書けるようになったりして……?」という私の淡い期待も同時にバッサリされた。

 魔法の筆でもあるまいし、変な期待を抱いたことを反省する。しかし、以前に隷書がどうにも書きにくくて、「隷書に合う筆ってあるんですか?」と目黒先生に尋ねたところ、「長い筆じゃなくて、ずんぐりむっくりの短筆がいいの。例えば、こういうの。これ、あげましょう」。その筆にしたら突然、書きやすくなった! このため、「書は筆による」所もあると思われる。

 筆を変えれば、(小筆は特に)上達するのではないか、という期待を捨て切れず。しばらく日本へ行っている目黒先生からは「ジャカルタに戻ってから、小文字の書き方をご一緒に勉強してみましょう」と言われており、良い小筆を入手して備えるぞ!という気持ちが高まっていた。とりあえず値段は1500〜2000円程度(先生の言われた予算より500円上乗せ!)と決める。

かたかご
奈良で買った小筆、父にもらった硯

 日本で奈良旅行をした際、ならまちの書道具店「笹川文林堂」に入った。ずらーーーーーーーーっと並ぶ筆の種類と数に圧倒される。実家の名古屋で書道具店をネット検索して行ってみたこともあるのだが、比較にならない。もう「さすが」の品揃えなのだ。しかし、ありすぎて、どれがいいのか、さっぱりわからない。とりえず、いろいろ手に取っては、太さと長さをじっと見るのみ。

 「太さ的に、このぐらいか?」と見当を付けて買った小筆は、店では中筆に分類されていた「かたかご」という物で、値段は2200円。このぐらいの値段なら予算以上だし、まぁいけるのではないか。中筆の方も、目安となるのは太さと値段のみ。太さ的にちょうど良さげな「静流」(1980円)にしてみた。書道を始めてから、初めて自分の目で見て選んだ2本だ。

 反省点としては、「やはり、自分にもう少し知識がないと選べない」ということ。毛の種類や、筆をいろいろ使ってみた知識など。そうでないと、じっと筆を見るのみ。「試し書き」ができればいいのになぁ。筆は使ってみないとわからないのだが、買わないと使えないのだ。

 本当は2本だけでなく、もう少し買いたかったのだが、どれを買ったらいいかわからないために断念。すると、友達がなんと、豊橋筆2本(中筆と小筆)をプレゼントしてくれた。1本は、友達が豊橋から送ってくれた店頭写真を見て、急いで選んだ「鳳仙花(小)」。説明では「直径3.6 出丈12mm、主原毛:コリンスキー、弾力:滑らかな硬さ、用途:実用書道、1650円」と書かれていた。もう1本は、友達が選んでくれた「筆匠 榊原」の中筆。「榊原」が縁起がいい、と。

 ジャカルタに戻ってから、この新しい筆4本を使ってみたくて、レバラン休みが始まるのをうずうずして待っていた。そしてようやく、使い初め!!

 まずは、試したくて仕方がなかった小筆から。2本を見比べてみると、「鳳仙花」は想像以上の小ささだ。「出丈12mm」とちゃんと書いてあるのだが、写真を見た時には、よくわからなかったのだ。奈良の「かたかご」の半分ぐらいの長さしかない。そして「かたかご」の方は、「かな」用としては、逆にちょっと太すぎたか、と思う。とりあえず、書いてみる。

奈良の「かたかご」(左)と豊橋の「鳳仙花」
奈良の「かたかご」(左)と豊橋の「鳳仙花」

 美しい形にきちんと固められた筆を指でしごいておろす。尖っていた穂先がふわっと開く。硯に墨汁を入れ、筆の向きを変えながらまんべんなく浸し、墨汁をたっぷりと含ませる。しっとり光る黒色に変わった穂先が再び尖る。わくわくする。

 かなの手本は、「君がため春の野にいでて若菜つむ わが衣手に雪はふりつつ」。

 まずは、奈良の「かたかご」で書いてみる。すると、あれあれあれっ?と……。穂先が長すぎて、扱いにくい(「筆の穂先は全部おろせ」というのは目黒先生の教え)。今まで使っていた小筆より細いので、墨の持ち具合や、かすれ加減はちょうど良い。

鳳仙花
「鳳仙花」で書いたもの。練習はせずにいきなりの一枚目。行が変わるごとに筆に墨をつけた

 「鳳仙花」はどうか。穂先の短さが「ペン」を持っているような具合で、扱いやすく書きやすい。しかしさすがに、これだけの穂の分量では、墨がほんの少ししか含ませられない。和歌だと数文字で終わり。墨をつけてもすぐにかすれてくるので、かすれは作りやすいのだが、ちょっと「やりすぎ」な感じになるかもしれない。

 欲を言えば「かたかご」と「鳳仙花」の中間ぐらいの小筆が欲しい。次は、それで探してみよう。今、奈良にいたら、もう一回、笹川文林堂に走るのだが。

 続いて、中筆だ。2本を見比べると、豊橋筆の方が少し長いだけで、ほぼ同じような外観だ。

豊橋筆(左)と奈良の「静流」
豊橋筆(左)と奈良の筆
これも、いきなり書いた一枚目。中筆、小筆ともに奈良の筆

 これは、奈良の筆の方に軍配。豊橋筆は、まだ慣れていないからかもしれないが、手の動きにうまく反応してくれない。もう少し使ってみないといけない。書き慣れた「女神」とも比べてみると、さすがに「女神」は使い慣れているため書きやすいのだが、払いの下部の線がどうしてもバラッとなる。これが奈良の筆だと、びしっと揃う。筆の威力。

 どの筆も「使って慣れる」必要があるし、筆を変えたら急に字がうまくなるわけではない。私の力量では、「筆が変わっても、字はそう変わらない」というのが正直な所で、それよりも練習あるのみだ。これなら、2万円の筆を試しても多分ダメだろう、とあきらめがついた。

筆の試し書き
筆をずらっと並べて試し書き。左から、これまで使っていた小筆、奈良の小筆、奈良の中筆、「女神」、豊橋の中筆、隷書用の筆、豊橋の小筆

 筆で字を書いていると、「それにしても、扱いにくい道具で字を書いているものだ」と改めて驚く。ふにゃふにゃ軟らかく、力の加減が難しいし。脳の信号を手に伝達した時、できるだけその信号通りに動いてくれるのが良い筆。

 「さーっ」「さーっ」と筆が紙をこする摩擦音がする。ねこがカリカリを食べる音の次に好きだ。