[書道] #2 自転車が走り出す

[書道] #2 自転車が走り出す

 紙に筆を滑らす時、手に伝わってくる微妙な紙の抵抗感と摩擦。それが非常に気持ちが良い。ノートにボールペンで書く時とはまったく違う、もっと深い抵抗感と摩擦だ。

 いったん書いた字は「あっ!(失敗した)」と思っても、消すことも直すこともできない。「Delete」キーはないのだ。コンピュータやスマホで文字を書くことに慣れた今、消すことができない文字を書くというのは、ものすごく新鮮な体験だ。

 「い」「ろ」「は」「に」、「温」「故」「知」「新」など、文字の一つひとつをじっくり見たことはこれまでなかった。お互いの線の位置関係や、長さや向きをじっくりと観察する。観察して飲み込めても、それを自分の手で実現させるとなると、また別問題。何度も何度も書いては紙を消費することになる。

 そして、ちょっとでも書けるようになると、うれしい。「あっ、できた!」という瞬間は、初めて自転車に乗れるようになった喜びに近いだろうか。筆の使い方が理解できて、思うような線が引けた。補助輪のない自転車が、グラグラしながらも、すーっと走り出す……

 窓の外に広がる白っぽいジャカルタの街を見、ヤシの葉ずれを聞きながら、筆でひたすら文字を書いているのは、なんとも中味の濃い、幸福な時間だ。

 最初のレッスンから1週間後の、レッスン2回目。なんとか自宅で書いた清書を出すと、「よく頑張りました」と花丸を下さった。

「いろはにほへとち」(2028年12月25日)
「冷暖自知」(2018年12月25日)

 目黒先生の花丸は、二重丸に花びらが付いて花と変わり、あれよあれよという間に茎と葉が付き、さらに「x3(掛ける3)」と、3倍にサービスされ、蝶が1匹、2匹と、ひらひらと飛ぶ、という、凝ったもの。

 その後のレッスンでも、仕上がった清書が、「これはひどい出来だ」と思っていても、いつも花丸。「うん、のびのび書けてる」「良い字」「額に入れて飾ってもいい」など、ほめちぎってくださる。

 次の課題は、かなは「いろはにほへとち」の続きの「りぬるをわかよた」の8文字。楷書は「桃花随雨飛」「書添君子智」と、前回の4文字から5文字に増えた。それから、「こういうのもやってみましょう」と、「ぼうふらも 一人前になるまでは 泥水の中 浮き沈み」「酒飲めば なにか心の春めきて 借金とりは鶯の声」という、かな漢字交じりの短歌。

「桃花随雨飛 書添君子智」(2018年12月25日)
「ぼうふらも一人前になるまでは泥水の中浮き沈み」(2018年12月25日)

 家に帰って一人で練習すると、また、ため息、舌打ちの連続だ。きっちり書こうとすると字が大きくなり、漢字は最後の一文字がキツくて入らなくなる。短歌の場合、あろうことか、最後の2行も紙に入らない。

 「小さい字が書けない」というのが悩みだったのだが、先生に「あのー、どうやったら小さい字が書けるんでしょうか?」と聞いてみたところ、「小さく書けばいいんだよ!」と一蹴された。

「ぼうふらも一人前になるまでは泥水の中浮き沈み」(2018年12月26日)
「桃花随雨飛 書添君子智」(2019年1月8日)